NASAのヒューストン宇宙センターで先週開催されたイベントで、Axiom Space(アクシオム・スペース)は新型宇宙服をお披露目しました。アポロ計画時代以来となる月面用宇宙服は、2020年代後半に人類の月面再訪を目指すNASAのアルテミス計画において重要な役割を果たします。新型宇宙服、通称「AxEMU」についてわかったことをまとめました。
かっけえ…。NASA、アルテミス計画用の次世代型宇宙服を披露
宇宙服開発の原点
アポロ計画から半世紀が経ちましたが、NASAは再び月を目指します。かつての月面用宇宙服のデザインが当時は画期的だったとしても、それを掘り起こそうなんて気はさらさらありません。NASAが求めているのはアルテミス計画の今後を考慮した目に見える改良です。
先日のイベントでは、NASAジョンソンのExtravehicular Activity and Human Surface Mobility ProgramのマネジャーLara Kearney氏が新型宇宙服の根本を成す3つの要素として『熱からの保護、動きやすさの向上、そして“厳しい安全要件”』を強調していました。
NASAの方針転換が功を奏した
NASAはかなり前から月面用宇宙服の開発に取り組んでいましたが、スケジュールには大幅な遅れが出ていました。2019年10月には、ワシントンD.C.にあるNASA本部でイベントを開き、当時開発中だった試作品を公開。それが上の画像で宇宙服エンジニアKristine Davis氏が着用している宇宙服なんですが、NASAが開発を民間企業に委託すると決めた時には正しい判断をしたなと心から思いました。
NASAとAxiomで50:50のデザイン
米ヒューストンに本社を置くAxiom Spaceは昨年6月に、NASAと2億2850万ドルの契約を結び、新たな月面用宇宙服と支援システムの設計・開発・試験を担当することになりました。NASAは2025年後半に史上初の女性及び有色人種を月に降り立たせるアルテミス3ミッションに向けて、宇宙服の準備を整えておく必要があります。
時間に余裕はありませんが、Axiomは設計をゼロから始めずに済んでいます。お披露目イベントで同社のCEOであるMichael Suffredini氏は、宇宙服のデザインのおよそ半分はNASAがそれまでに行なっていた作業、もう半分はAxiomとパートナー企業によるものだと語っていました。「弊社は宇宙飛行士たちが月上で安全かつ効率的に運用できる高機能な宇宙服を設計して、NASAのレガシーを継承します」とのコメントを、同社のプレスリリースに寄せています。
今回はあくまで部分的なお披露目
イベントでの宇宙服はダークグレーに差し色としてオレンジとブルーを使った配色でしたが、宇宙飛行士たちが実際に宇宙空間で着用するものは全身ホワイトになるようです。Axiom Spaceのリリースによると、「月で着用する宇宙服は熱を反射し宇宙飛行士を極高温から守るため白色にする必要があり、宇宙服独自のデザインを隠匿するために現在は展示目的のためだけにカバーレイヤーが使われています」とのこと。
この件に関し、Axiom SpaceのExtravehicular ActivityプログラムマネジャーMark Greeley氏はイベント後の質疑応答で、「弊社はCollins Aerospace(コリンズ・エアロスペース)社と競っているので」とコメント。公開されなかった部分があるのは残念ですが、Collins社も宇宙服を開発する契約をNASAと結んでいますからね。
安全第一の設計
Axiom Extravehicular Mobility Unit(Axiom船外活動ユニット)、通称「AxEMU」は安全性を強調しています。冗長性をもたせた構造はピンポイントな障害のダメージを最小におさえ、ハイテクファブリックの層が熱からの保護性能を高めるそう。
アルテミス3の宇宙飛行士たちが探査する予定の月の南極地方は、温度差の激しい場所です。そこを訪れる主な理由は水氷の痕跡を求めて永久影を調べることですが、永久影の気温は華氏マイナス250度より上がることはないようです。
Axiom社の月面用宇宙服
誤解のないように言うと、AxEMUはNASAの月面用宇宙服ではなくAxiom社の製品です。
Kearney氏はイベントで、アルテミス計画のミッション中であっても宇宙服の所有権はAxiom社が保持すると発言。そのうえ、同社は宇宙服を使用したい法人顧客を募ることも可能だと述べていました。
同氏は宇宙服をレンタカーに例え、「Axiomがトレーニングとフライトの両方にハードウェアを提供します」と説明。そして同社が「持ってきたハードウェアを、我々NASAは月での歩行のため月面で活用・運用するのです」とのこと。
柔軟性はバッチリ
アポロ計画の宇宙服は動きがかなり制限されるものでしたが、アルテミス計画の宇宙服は違います。
Axiom社のチーフエンジニアJim Stein氏がAxEMUのデモンストレーションを行なった際、月面での実際の探査を想定してラテラルランジ(横方向に大きく足を伸ばす)や屈むような動作を披露。同社のリリースにはこう書かれていました。
「可動域の増加のための革新的なソフト&ハード関節の活用によって、宇宙飛行士たちは月面でもっと楽に歩き、より正確な地質学的かつ科学的なタスクを行ない、宇宙ステーションへと移ることが可能になり、快適さも最大化されます」
かっこいいヘルメットとグローブ
AxEMUのヘルメットは、アルテミス計画の宇宙飛行士たちが月の南極域にある永久影を歩く際に必要な明るいヘッドライトを両側に備えていて、かっこいいんですよね。そういったミッションのPOVショットを撮影できるようHDカメラも搭載。
また、金魚鉢のような形状なので、宇宙飛行士は周囲を見渡せる広い視野を得られます。さらにヘルメットは部分的に使い捨て仕様となっており、その部分を剥がせば簡単に月の粉じんを落とせるそう。
グローブは宇宙飛行士の指を温かく保つだけでなく、彼らが船外活動中にタスクを実行できるよう柔軟性を備える必要があります。新たなグローブの設計は、指の保護と特殊なツールでの作業、両方を可能にするとAxiomは主張していました。
しっかりと歩けるブーツ
月面用ブーツもグローブのように、アルテミス計画の宇宙飛行士たちを過酷な環境から守るよう設計されています。
ブーツは宇宙服の中でも極寒の月面にほぼ恒常的に接している部分なので、特に難題となったようです。さらに新型宇宙服には意外な装備品、歩行杖も用意されていました。アポロ計画の宇宙飛行士たちが月面歩行中にバランスをとるのに苦労していたことを考えると、大いに納得のいく装備品ですね。
ほとんどの体型のための宇宙服
NASAはアルテミス3で初の女性の月面着陸にコミットしていると公言しているものの、女性に合う宇宙服を用意しておくことに関しては以前から配慮があったわけではありません。
NASAのリリースには、AxEMUが「多様なクルーメンバーに合う、米国の男女の人口の少なくとも90%に対応する」よう設計されたと書かれています。
またAxiom SpaceのExtravehicular Activityの副プログラムマネジャーRussell Ralston氏はイベント後の質疑応答で、(サイジング設計について)「さまざまな部品に対して、交換できる要素のサイズを大・中・小と用意しています」と説明。「それから各サイズ内でも、個人の脚や腕の長さなどに宇宙服を合わせられる調整性も備えているんです」と語っていました。
背面には生命維持システムを搭載
バックパックのように背負う生命維持システムによって、NASAの現行の宇宙服よりも2時間長い約8時間の船外活動が可能になります。生命維持システムをはじめとする機器類を取り付けるので、AxEMUの上部胴体は硬いつくりになっているそう。
面白いのは着用方法で、宇宙飛行士は他のクルーに手伝ってもらわずとも、背中側にあるハッチから出入りして一人で着用できるようになるとのこと。また、宇宙服のアウターレイヤーには「耐切断、耐穿孔、断熱性」のある生地を選んだと述べていました。
依然としてオムツは必要
Ralston氏は、時には一番シンプルな解決策が最良であるとして、新型宇宙服でも宇宙飛行士たちはオムツを履く必要があると認めています。NASAと同社が『DUNE/デューン 砂の惑星』に出てくるようなスティルスーツを製造するのは、まだ先のことのようです。
現時点では、地球に持ち帰らない予定
CollectSpaceが報じているように、AxEMUは月に送られたきりとなります。アルテミス3ミッションで月面に降り立った宇宙飛行士2名は、有人着陸システムHLSを担うSpaceXのStarship(スターシップ)で月周回軌道に帰ってきたら、オリオン宇宙船に戻って地球に帰還。その際、AxEMUはスターシップに残されます。
Greeley氏によると、スターシップには地球に戻れるほどの燃料がないため、月の軌道に永久に留まるそうです。
予定どおりの月面デビューなるか?
NASAは2025年末のアルテミス3実現を目指していますが、楽観的な考えかと。
というのも、イベントでお披露目されたAxEMUはあくまでプロトタイプであって、機能するモデルの製造とISSの外で実証実験の実施がまだ残っているからです。同ミッションの実現に向けては、SpaceXがスターシップの軌道打ち上げを成功させて安全性と月面に着陸できる能力をNASAに示す必要もありますし、各方面の準備が順調に進むことを願うばかりです。
Source: Axiom Space, NASA(1, 2), NASA APPEL, CollectSpace,
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