あるときは芸人として、またある時はジャスティン・ビーバーをも魅了したグローバルアーティスト、ピコ太郎の敏腕プロデューサーとして、さまざまな分野で才能を発揮する古坂大魔王さん。育児情報番組『すくすく子育て』(Eテレ)で5年間司会も務めていたことから、子育て世代にとってはおなじみの顔でもあります。次女の誕生を機に育休を取得したいきさつや、古坂さんが「とにかく辛かった」と語る次女の夜泣きの話、コロナ禍の育児で感じた思いなどをうかがいました。※<後編>古坂大魔王が語る、2人の娘の「褒め方」とは 「親バカも含めて言いますけど、すごいんです、うちの子」に続く
【写真】2人の娘さんと古坂大魔王のショットはこちら小泉進次郎氏の育休取得に「僕もやってみようかな」
――古坂さんは下の娘さんが生まれたときに、育休を取ったそうですね。
そうなんです。長女が生まれたとき、僕はピコ太郎さんと一緒に世界を飛び回っていました。とは言え、帰宅すれば娘をお風呂に入れたり、ご飯を食べさせたりしていたので、まあまあ育児には関わっていると思っていましたが、今にして思えば全育児全体の2%とか3%程度のことしかできていなかったんです。
そんなこともあって、2020年に次女が生まれたときには、思い切って育休を取ることにしました。当時環境大臣だった小泉進次郎さんが育休を取ったというニュースを見て、僕もやってみようかな、と。期間は2週間で、育休が明けた後も仕事は少しセーブし、早朝の仕事や泊まりの仕事は当面しないことにしました。周りに育休を取った経験のあるパパはいませんでしたが、ピコ太郎さんのプロデュースしかり、僕はあまり人がやっていないことをやるのが好きなんです(笑)。
よく寝る娘が まさかの「夜泣き王」に
――育休中は、主にどんなことをしましたか?
知り合いから「昼は奥さん、夜は夫という分担にするといい」と聞いていたので、僕は次女の夜のお世話を担当することにしました。当時の次女はよく寝る赤ちゃんだったので「夜のお世話だけなら仕事との両立もできる。楽勝じゃん!」と。ところが僕が夜泣き担当になったころから、次女は毎晩、2時半、3時半、5時の3回、必ず目を覚まして泣くようになりました。まさかの夜泣き王だったんです。
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