スペインの名門フットボールチームビジャレアルは、2014年からその育成メソッドを大きく変えているという。そこに大きくかかわっているのが、同チームのサッカーコーチをつとめる佐伯夕利子さん。佐伯さんはスペインで初めて女性でサッカーコーチのライセンスを取得。日本人としても女性としても初めてスペインリーグ3部のプエルタ・ボニータの監督に就任した。

そんな佐伯さんの著書『本音で向き合う 自分を疑って進む』(竹書房)には、海外でどのようにプロサッカーコーチとなったのかという佐伯さんの人生や、ビジャレアルの育成メソッドを作るまでの指導方法はどのようにして導き出したのかというサッカー指導のポイントが満載だ。

佐伯さんのサッカー指導といえば、5歳児が魔法のようにサッカーのプレーをする動画が拡散されたことがある。監督の言いなりになるのではなく、自ら考えて行動するスキルを5歳でも身につけられるのかと大きな話題となったのだ。では「自ら考えて行動するスキル」はどのような指導のもと身につくのだろうか。

本書より抜粋して送る前編「「女性なんですがサッカーコーチになれますか?」スペインサッカー協会の驚愕の回答」では、「外国人で、女性ですがサッカーコーチになれますか?」と電話をしたときのエピソードから、「女性はこれができない」という足枷を自らつけていたことへの気づきをお伝えした。後編ではコーチになる勉強を進めたときの仲間とのエピソードや、コーチに就任後に11歳にキレられてわかったいまの指導につながる原点をお伝えする。

仲間のノート、エンリケの優しさ

指導者養成学校で一緒に学んだのは40人。そのなかには現役の選手も10人ほどいた。女性は私ひとりだけだった。

常に教室の最前列にいた。講師の声をМD(ミニディスク)にレコーディングするには近くに寄っていくしかない。録音機に加え、相変わらずの西和と和西の辞書2冊、そしてノートに筆箱。それらをところ狭しと机の上に広げ、講師の声をとりつつ懸命にしゃべった言葉を片っ端からノートに書き起こしていった。

録音機と辞書とノートを肌身離さず…Photo by iStock

日常会話に不自由はないものの、学習の場なのだから話すスピードも使う単語も専門性を帯びる。フットボールを科学的にとらえる学習についていける語学力は、まだ十分ではなかった。日本語であれば要約し大事な要点だけ書けとめるが、わからない単語ばかりが並んでいるのでリアルタイムで理解できない。授業ではとにかくできるだけ書き起こすしかなかった。

次の授業までにМDを聴きながらノートを完成させ、わからなかった言葉を全部書き出して単語帳を作った。今思えば途方もなく時間をかけて内容を理解する日々だった。当時は翻訳アプリも、録音やホワイトボードをカシャッと撮影できるスマートフォンもない。書き起こしてはノートを作る作業に明け暮れていた。われながら超絶原始的なやり方で授業を受けていた。

自分のノートを有料コピー機でコピーして…

そんな姿を見せられた先生たちや受講生たちは、忍びなかったのだろう。
「セニョリータ、大丈夫か? ついてきてるか?」
頻繁に授業を止めては、私の顔をのぞき込むようにして尋ねてくれた。そうすると周りに座っていた男性陣たちも「ユリコ、大丈夫なのか? わかってるのか?」と心配してくれた。入れ代わり立ち代わり、自分のノートを見せてくれた。

そのうちひとりの生徒が頼まれたわけでもないのに、自分のノートを有料コピー機でコピーして毎日持ってきてくれるようになった。カルロス・サルバチュア。私と同い年の彼は後に横浜F・マリノスを指揮することになるケビン・マスカット監督の下、オーストラリア1部リーグAのメルボルン・ビクトリーでアシスタント・コーチを務めたのち、監督として後任を引き継いだ。現在ではスペインで指導者として歩んでいる。

ナショナル・ライセンス契約の講習会の仲間たちと 写真提供/佐伯夕利子(『本音で向き合う。自分を疑って進む』より)

「これ、使って」
ノートを差し出すだけで多くは語らない。少しでも私の負担が減るよう力を貸してくれたのだと思う。何者でもない私のためにコピー機を探して、一枚ずつノートを写してくれた。私に渡すことを考え、彼自身はすでに理解済みの箇所も含め忠実にすべて書き残してくれていたに違いない。こころから感謝している。