前編【高校時代に父親の愛人を好きになってしまった…43歳男性が“両親は世間の常識からかけ離れたところで生きている”と感じた瞬間とは】からのつづき
松薗晋也さん(43歳・仮名=以下同)の父は“稀代の女たらし”。愛人を息子に会わせる妙な習慣の持ち主で、会社を経営する母は浮気を知りつつ、ヒモのように暮らす夫を許していた。そんな父に17歳の時に紹介されたのは、暁子さんという女性だった。彼女に惹かれ、理想の女性だと刷り込まされた晋也さんが結婚した相手も、どこか暁子さんの面影のある「亜希子さん」という年上の女性。妊娠をきっかけにした入籍だったが、両親も暁子さんも「結婚すべき」とは言わず、晋也さんは改めて「常識外の人たちなんだ」と感じたという。
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自分は両親や暁子さんとは違う世界の人間だから、「ごく普通の常識に則った生き方をしたほうがいい」と晋也さんは感じていた。
「僕はひとりっ子なのに、母に会社を継げとは言われなかった。むしろ母は継がせないと決意していたみたいです。確かに僕は経営者には向かないから、それはよかったと思う。でも普通、入社くらいさせてもいいと思いません? 僕の就職時にも母からはいっさい、そんな話は出なかった。そういう親なんですよね」
第一子が産まれたのは彼が28歳、亜希子さんが32歳のときだった。両親は生まれたばかりの女の子を見て相好を崩した。別の日に暁子さんもやってきた。
「まあ、普通の祖父母にはならないとわかっていたけど、それでもみんなが笑顔でうれしかった」
だがその数日後、父はひっそりと自死した。しかも場所は暁子さんの部屋だった。暁子さんは警察に連絡、晋也さんの母にもすぐ連絡がきたという。
「それまで母と暁子さんに面識があったのかどうかも僕は知りません。遺書もあって自殺は明らかだったから、わりとすぐ自宅に遺体が戻ってきたようです。そのとき初めて母から連絡がありました。亜希子はまだ産まれた子と病院にいましたし、動揺させたくなかったから何も知らせず、ひとりで実家に戻りました」
「暁子さんも呼んだほうがいいのかしら」という母
母はひとり静かに父を見つめていた。父の顔に布はかかっていなかった。おとうさんが目を閉じてくれないのよと母は苦笑いした。晋也さんが見ると確かに父の左目がうっすらと開いている。彼がそうっとまぶたを撫でると、左目は閉じた。
「おかあさんをずっと見ていたかったんじゃないのと言うと、母は『暁子さんも呼んだほうがいいのかしら。だって暁子さんの家で死んだのよ、おとうさん』と。その時点で、僕は父が自死したとしか聞いていませんでしたから、びっくりしちゃって。事実にも驚いたけど、母が淡々と暁子さんの名前を出すから……。やっぱり僕にはわからない三角関係だったんでしょうね。父の遺書も見ましたが、肝心なことは何も書いてない。『もう老いた。生き切ったよ。みんな、ありがとう』と、それだけです。前夜は母と外で食事をしたらしいし、当日は暁子さんとランチをしたらしい。死ぬ前の日の夜を一緒に食べたのと、当日のランチ、どちらが重いのか、つまり妻と恋人、どちらが父にとって重要だったのかを思わず考えてしまいましたね」
暁子さんは通夜の時間帯には現れず、深夜遅くに会場に姿を見せた。午前1時を回っていて、さすがにもう人がいなかった。焼香をすませると、暁子さんは母に一礼した。母も一礼した。お互いに見つめ合って、ふたりが密かに口元を緩めたのを晋也さんは見逃さなかった。
「なんだろう、このふたりと言葉にならないものを感じました。暁子さんはそのまま去っていったので、僕は思わず追いかけてお礼を言いました。すると『素敵な人だった。私は一生、彼を思いながら生きていくから』と。また連絡しますねと言ったんですが、暁子さんはそのまま行方がわからなくなりました。もともとフリーランスで仕事をしていたようなのですが、携帯電話もつながらなくなって」
晋也さんの喪失感は、自分が考える以上に深かった。産まれたばかりの子に癒やされながらも、むしろその感覚は深まっていった。喪失感がそのまま自分自身の絶望にとって代わってしまいそうな気さえしていたという。ただ、四十九日のときに母に会うと、母はけっこうあっけらかんとしていた。
「あの母の強さが羨ましかったですね。『寂しいのよ』と言いながらも、納骨式の最中、ちょっとすみませんと席を外して電話で仕事の話をしているんですから。きっと暁子さんもひとりでしっかり生きているんだろうと思いました。母と暁子さんは似ていたんじゃないかなあ」
息子の入学式で「何かが変わった」 マッチングアプリへ…
娘に続き、3年後に息子も生まれた。日々の忙しさにかまけながらも、彼は「心を乱さない生き方」を必死に紡いできたという。ふと父や暁子さんのことを思い出すと、沼に引きずり込まれるような、足元がぐらぐら揺れるような感覚に陥るからだ。日常生活を大事にすること、家庭を大事にすること。それ以外のことは考えない。彼はそう決めていた。
そんな彼の中で「何かが変わった」のは、息子が小学校に入ったころだった。今から5年前のことだ。
「息子の入学式のとき、たくさん写真や動画を撮りながら、自分の入学式のことを思い出しました。父と手をつないで学校に行った。母は遅れてやってきた。その日の夜は、近くのお鮨屋さんで好きなだけ食べていいよと言われて……。楽しかったんですよ。楽しかったけど、俯瞰で見ると、何かが物悲しい。なんだろうとよくよく考えたら、父も母も、子どもに縛られずに生きたい人たちではなかったか、と。つまり僕がいることで本当はもっと自由だったはずの彼らの人生を抑え込んでしまったのではないか。わかっているんです、こういう思考がよくないことは。ただ、そのときはそう思ってしまったんです」
彼は亜希子さんと連絡を密にとりあって子どもたち最優先で生活してきた。だが、もしかしたら、いつか子どもたちも自分と同じような感覚に陥るのかもしれない。そこまで考える必要はないのかもしれないが、彼の心には「子どもたちが親からの影響を受けすぎないように育てたい」という思いがあった。
「子ども以外のことに目を向けたい、目を向けようという意識があったのかなあ。言い訳かもしれないし、ちょっと平常心ではなかったのかもしれないし。言葉でどう説明したらいいのかわからないんですが、息子の入学式では、かつての自分についてかなりいろいろ考えさせられました」
何かから解放されたかったのか、気持ちを吐露する場がほしかったのか、はたまた日常から逃げたかったのか。晋也さんは女性に逃げた。既婚者がメインのマッチングアプリに手を出したのだ。
「そこで知り合った真優さんとデートするようになりました。彼女も6歳ほど年下の既婚者ですが、お見合いで結婚し、デートらしいデートをしたことがないと言うんです。それで週末、ふたりとも家庭には仕事だと偽って外で待ち合わせ、映画を観たりカフェで話し込んだり、公園を散歩したりしました。学生時代はフランス文学を学んでいたと聞き、僕も久しぶりに文学談義を楽しんで。そんなデートが3ヶ月ほど続いたころ、彼女は『私は女としては魅力がないですか』と言いだした」
父のようにはなれない
そういう関係になりたい気持ちはあったが、実際に既婚でありながら彼女と関係を結ぶのは気が引けた。お互いに既婚なのだから対等なはずだが、「男女の関係になると、自分の中でよけいな感情が出てくるのが怖かった」そうだ。父のように見事なふたまたは、自分にはできるはずもないのだから。
「でも女性に恥をかかせるわけにもいかない。決意を固めてある日、ホテルに行きました。正直に言うと、他の女性としたところで自分が変わるわけでもなかった。ただ、急に責任感みたいなものを感じましたね」
少しずつ「浮気」に慣れていったと晋也さんは言う。だが、コロナ禍に入り、真優さんとはまったく会えなくなった。「お互いに家庭に影響を及ぼしたら大変だから」と彼女はきっぱり言った。
「そのときですね、真優さんとずっとつきあっていこうと思ったのは。丸2年、LINEのやりとりしかしていなかったけど、ここ2年はまた会っています。月に1回か2回、本当にささやかな逢瀬ですが、僕にはこの程度がいちばんいいのかもしれない」
とはいえ、その逢瀬時に、ふたりは燃えに燃える。ふだん会えない分、お互いを貪るような感覚があると彼は言う。
「もっと会いたい、もっと一緒にいたい。その気持ちを彼女にぶつけたとき、彼女は『しょせん、お互いに相手がいちばんというわけじゃないでしょ。私は夫に愛されてないからあなたがいちばんだけど』と突然、本音を見せてくれたんです。あなたにとって私は何なのと言われて、『大事なのは妻だけど、愛しているのはきみだよ。この気持ちをわかってほしい。いつでもほしいのはきみだけだ』と言ってしまいました。恋愛感情の高まりが、そんなキザなことを言わせるんでしょうか」
彼は照れたのか一気に水を飲み干した。
「いつかオヤジのように」
気づいてみれば自分も父親と同じように“二股愛”に邁進している。だが、彼自身は分けて考えているから二股ではないと思っているようだ。
「それでもいつかオヤジのように、すべてに絶望することになるのかどうか……。わかりませんが、僕は少なくとも妻や子どもたちに知られるようなことはしません。万が一、疑われたときはやはり真優さんとはきっぱり別れるつもりでいます。まあ、本当にそうならないとわかりませんが」
大事なものと愛しているもの、それは比べられるものではない。結局は、両方大事で、両方愛しているはずだ。それでも「ひとりの人しか愛してはいけない」という法的・倫理的な常識が彼を縛ろうとしている。状況、および晋也さんの心境に変化があったら、また連絡くださいと彼に伝えた。彼はまた照れたようなチャーミングな笑みを浮かべた。
前編【高校時代に父親の愛人を好きになってしまった…43歳男性が“両親は世間の常識からかけ離れたところで生きている”と感じた瞬間とは】からのつづき
亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部
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