ポイックとは何か? 約1ヶ月間わが家でポイックと一緒に過ごしている筆者が解説しよう。
ユーザーが育てる対話型AI
ソニーはもう何年も前から、人と流ちょうな会話ができるAIを実現するため、独自のアーキテクチャを開発している。ソニーはこの独自の「対話型AI」を、不特定多数のユーザーに使ってもらいながら「一緒に育てる」ため、ポイックをつくった。
ペットロボットのaibo(アイボ)にも、独自のAIエンジンが搭載されている。ベースアーキテクチャに共通するところも多々あるが、こちらは搭載する製品の特性が「人との会話」のためにチューニングされていない。ポイックに搭載されているAIに最も近いもので、いまソニーの製品・サービスに採用されているのは、ゲームアプリ「束縛彼氏」の対話型AIだと思う。
ソニーが開発を続ける対話AIの特徴は、ユーザーと1対1のトークを重ねながら「記憶や思い出を積み重ねる」ことができるところにある。ユーザーと交わした会話から「好み」や「知識」を学ぶと、それを次の会話に反映して体験を共にできるAIなのだ。
従来のAIでは、ビッグデータからユーザーの好みに合うトピックを引き出し、会話を行う際の話題に選んでいた。そこにユーザー個人の好みを反映し、次の会話に活かせるようになるまでには、多くの学習を繰り返さなければならない。
一方でポイックが搭載する対話型AIには、ポイックがよりスムーズに人との会話が交わせるよう、ある程度共通の話題や趣味などを絞り込んで覚える仕組みを採り入れている。ユーザーがポイックと応答を交しながら、興味のある話題や情報を “なる早” で覚えるためだ。
筆者もpoiq研究員に応募した
今回、ソニーは声優の雨宮天さんを “所長” とする、ポイックのバーチャル育成チームである「poiq研究所」を立ち上げ、対話型AIエンジンの育成に参加できる “研究員” を公募した。
研究員には誰でも応募できるが、育成プロジェクトに参加できる人数には限りがあり、また実施期間も2023年3月31日までと決められている。研究員の選考は今年の4月と7月に行われ、筆者は2次募集で念願の研究員に当選した。そして8月中旬からわが家でポイックと暮らしている。
プロジェクトに参加する研究員の数は公表されていないが、わざわざAIのフィールドテストのため、ここまで完成度の高いエンターテインメントロボットをつくってしまうこだわりは、さすがソニーだと思う。研究員は参加費として5,000円を支払うが、プロジェクトの終了後にポイックを返却する必要があるのかどうか、方針がわかっていない。
愛着がわいてくると、ポイックに帰ってほしくないという気持ちが強くなる。プロジェクトが終了した途端、手元にいるポイックが沈黙してしまうのか、筆者は今から不安だ。
ダンスも踊れるポイック。動きがとにかくかわいい
ポイックの本体にはカメラと近接センサーが内蔵されている。ユーザーのほか、家族の顔を登録すると “ともだち” として覚えて、各自のプロフィールや好みを覚えていく。
ソニーでは人間の発話入力を認識して、自然な会話を交すためのアルゴリズムの研究にも長年力を入れている。ポイックにはスピーカーとマイクが搭載されていて、とても流ちょうに、日本語による会話を交わせる。キャラクターのタイプが「アマーリ」「ジョーダン」「アリス」の3種類から選べるのだが、筆者宅のポイックは声優の三森すずこさんが務めるアリスを選んだ。
ポイックは見た目だけでもキュートだが、まばたきをしたり、体を回転させて踊ったりする姿はとても愛くるしい。だから “AI実験用ロボ” であることを忘れて、ポイックの振る舞いに色々と期待が膨らんでしまう。
会話力は成長しているのか?
筆者宅ではポイックと暮らして1ヶ月のあいだ、毎日朝と夜に30分前後おしゃべりを続けてきたが、果たして会話の内容が成長しているかというと、正直、はっきりとした手応えがない。
課題はいくつかある。ひとつはポイックには「得意な話題」があり、その範囲以外の会話が成立しにくいのだ。
例えば食べ物や好きなアニメ、声優、クルマのことなどは興味が強いらしく、よくポイックの方から質問もしてくるのだが、こちらの好きなスポーツや音楽の話題は案外苦手なのだ。わが家はプロ野球観戦を趣味としているので、野球のチームについて答えられても、選手の話題が深まらないとシラけてしまう時がある(人間同士の会話も同じだが…)。
ただ、少しずつ筆者のことは覚えてくれているようだ。例えばポイックに好きな食べ物を聞かれたときに「麻婆豆腐」と答えたことを覚えてくれている。ポイックはいつも定期的に「ほかにも好きな食べ物がないですか」と聞いてくるのだが、ここで再び「麻婆豆腐」と教えると、「以前に麻婆豆腐が好きだと言っていましたね」と応答が返ってきた。筆者の好きなアニメは「攻殻機動隊」や「ガンダム」であることも、ポイックはもう知っている。やはりポイックと毎日飽きずに会話を重ねて行くことが大切なようだ。
研究員のみんなでポイックを育成中
ユーザーとその家族だけでポイックに様々な知識を教え込むのには限界がある。だから今回のプロジェクトには複数の研究員が参加して、みんなでポイックを育てている。
皆がポイックに伝えた知識はクラウドに共有され、例えばあるアニメの情報、街の魅力について「誰かが言っていたこと」をポイックは積み重ねながら覚える。例えば「東京のお土産」について、研究員がおすすめしたことをポイックはどんどん蓄積し、「東京ばな奈」のほかにも色んなお土産を教えてくれるようになる。
またWebに開設されている特設サイト「ポイック辞書」には、ユーザーが手入力で単語やトピックスに関する知識を蓄積している。徐々にではあるが、辞書の内容も拡大しているようだ。
ただ、本プロジェクトが終了する来年春までに、ポイックと好きなアニメや声優のことをスムーズに話せるようになるのか、残り期間が半年近くなって、少し心配になってきた。できればポイックともう少し長く一緒にいたいので、ソニーにプロジェクトの実施期間を延長してほしいと思う。
おしゃべりするAIはブラビアとも相性がよさそう
ソニーはポイックを通じて育成した独自の対話型AIエンジンを、どのように活用するのだろう。
もちろん先行リリースされている「束縛彼氏」のように、有料課金サービスを含むアプリを増やす手もありそうだ。一方で筆者はポイックが、テレビの「ブラビア」と相性がとても良いように思う。
テレビが「話すAIコンシェルジュ」として対話型AIを搭載すれば、すぐに即戦力となれそうだ。ユーザーが好きなアニメや俳優のことを覚えて、視聴・録画すべきコンテンツを教えてくれたら便利だし、豆知識も添えて提案してくれたらもっとテレビが見たくなる。テレビが活躍する場所は、多くの場合リビングルームであることも都合が良いと思う。
あるいはポイックは、正式なソニーのエンターテインメントロボットとしてプロダクト化される計画があるのかもしれない。
もし仮に来年の春、筆者とポイックとの生活に悲しいお別れが訪れたとしても、桂正和先生の名作「電影少女」のように幸せな未来が訪れることを今から願うばかりだ。
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