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Sunday, August 16, 2020

わかったような気になっても、「わかった」と言ってはいけない。この本を読むと、自分や自分の周りの人たちと向き合うことになる。『昨日星を探した言い訳』 - カドブン

書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。

(評者:サンキュータツオ / 学者芸人)

 2020年、私たちは未知のウイルスによって、これまで経験したことのない精神的な分断と物理的な分断の存在を自覚することになった。身近な人とも、マスクやビニール、アクリル板といった「壁」を介して接することしかできず、また警戒心の濃淡、あるいは発症者とその周辺人物や、職業、生活していた場所に対する差別も少なからず経験した。異国や自国のリーダーの考え方や行動にギョッとしたり考えさせられたり、またその受け止め方ひとつとっても多くの人との間に温度差があることが可視化された。ウイルスには、私たちがいままで見ようとしなかった分断の壁を目の前につきつけるという副作用があった。

 そんなときにこの物語を読み、「物語の力」を思い知る。



 冒頭から、とてもとても魅力的な人物たちの考え方や発言に惹きつけられる。中高一貫の学校に入学して、成績トップなのに先生に反発して白紙答案を出した男性の主人公・坂口。そんな学校に転入してきた緑色の目をしたもうひとりの女性の主人公・茅森。彼女は孤児で、著名人でもある里親に引き取られて育ったという特異な人物でもあったが、坂口に変わって成績トップとなる。そんな彼女を毛嫌いする桜井さん。そんな彼女とおなじ緑色の目をした八重樫さん。坂口のルームメイトでもある、足が不自由な綿貫。彼らはみなこの学校の「寮」で生活している。

 全寮制の学校を舞台にすることで、この物語の「箱庭」は用意されている。なぜ箱庭化したのか。それはその場所で繰り広げられる、「人間模様」とか「群像劇」という言葉では牧歌的すぎて収まり切らない、人間たちの「相克」を鮮明にしたかったからだろう。情報も限られ、お金もあまり意味はなく、親や兄弟がいない世界。まるで刑務所のような場所で、彼らはいやおうなく人間たちの「政治」の渦中に置かれる。

 茅森は将来の目標を「総理大臣」と言って憚らない。そのことがとても象徴的だ。権限を持つことでなにかを変えようとする者。そのまっすぐで強い姿勢に、クールな坂口は少しずつ惹かれていく。

 寝起きする場所で身分が違う。生まれ持った「色」で差別される。歴史認識と場所の問題。身体の障碍。理想の世界と現実の世界のギャップの埋め方。この物語は、正面から語るときっと煙たがられてしまいそうなこれらのテーマを、ピュアで対等な人間関係、たとえば「恋愛」という鍋でごった煮にしてくれる。だから美味しく食べられてしまう。決して押しつけがましくないが、思い当たることがたくさんある。この本を読むことで、次第に自分や自分の周りの人たちはどうかと向き合うことになっていく。

 一筋縄ではいかない問題ばかりだ。わかったような気になっても、「わかった」と言ってはいけない。この本にはハッとさせられる表現がたくさん出てくる。

彼のような人は、ひどく無自覚に、疑いもなく自分を多数派の代表だと信じている。自分の倫理観こそが正しく、世の中に広く受け入れられるべきものなのだ、と。なんて可愛らしいのだろう。多数派に属していることに安心しながら少数派を守ると言い張る。
誰も嫌わない善人であれなんて言いたいわけじゃない。そんなの、まるで洗脳だ。人の自由意志を踏みにじるような話に聞こえてひどく気持ち悪い。嫌いな奴は嫌いでいい。でも僕たちは、悪意というものを、注意深く扱えるはずだろう。
「違う。理屈で説明できる正しさはわかりやすくて、そうじゃない正しさは理解が難しいから。だから、理屈と正しさが混同されているだけじゃない?」

 本書にはさまざまな考え、立場、感情を持った人物たちが登場するが、徹底して「対話する」という姿勢を美しく神聖なものとして描く。そしてスルスルと脳に入ってくる心地よさがある。「対話」を前提とするから「対話しない」という行為も対話になる。

 とはいえ、本書を読んだあとには、不思議と肩の凝らない、透明感のあるシーンばかりが印象に残る。夜の職員室、暑い日差しのなかの木陰、静謐な図書館、仲間と歩んだ夜道、そして想像の世界。爽やかな読後感が残る。

 みなさんも一緒に、この風景を見ませんか。

▼河野裕『昨日星を探した言い訳』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322004000166/

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